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最高裁判所第一小法廷 昭和46年(オ)640号 判決

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人田中正一の上告理由について。

所論の各点についての原審の事実の認定は、原判決(その訂正・引用する第一審判決を含む。以下同じ。)挙示の証拠に照らして肯認することができ、右事実関係のもとにおいては、上告人合名会社三ツ木組と同三ツ木建設工業株式会社との間の使用貸借契約は、確定的に期間を一三年と定めたものではなく、いまだ終了したものとは認められない旨、被上告人岩井哲夫と同有限会社十八屋との間の転貸借には、賃貸人に対する信頼関係を破壊するものと認めるに足りない特段の事由があり、これを理由とする賃貸借契約の解除は許されない旨ならびに上告人三ツ木建設工業株式会社の被上告人岩井哲夫に対する本件賃貸借の解約の申入には正当の事由があるものとは認められない旨の原審の判断はいずれも正当であつて、右認定・判断に所論の違法は認められない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断および事実の認定を非難し、さらに原審の認定に副わない事実に立脚しつつ右判断の違法を主張するものであつて、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官大隅健一郎の意見があるほか、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

裁判官大隅健一郎の意見は、次のとおりである。

私は、多数意見の結論には賛成であるが、その結論に至る過程においてこれと若干見解を異にする点があり、事案によつては、判決の結果にも影響があるのではないかと考えるので、その点について意見を述べる。

(一) 原審(第一審判決を引用している。)の確定するところによれば、被上告人岩井哲夫は上告人三ツ木建設工業株式会社より本件建物を賃借し同建物において肉屋を経営していたところ、昭和三一年七月、同人が代表者になつて被上告人有限会社十八屋(以下、被上告会社という。)を設立し、爾来本件建物における右肉屋の経営は被上告会社の名義をもつて行なわれてきたのであるが、同会社の設立はもつぱら税務対策のためのものにすぎず、社員も右岩井哲夫ほかその弟岩井久年および二名の親族に限られ、本件建物の使用状況も従前と全く同一である、というのである。

右のような事実関係のもとにおいて、原判決(第一審判決を引用)は、被上告人岩井哲夫と被上告会社との間に本件建物の転貸借が成立したことを認め、ただ、かかる事情のもとにおける転貸借は全く形式的なものにすぎず、これにより従前よりの賃貸借における当事者の信頼関係が破壊されるとはいいえないから、右のような転貸借を理由にしては約定および法定(民六一二条)の解約権は発生しないものというべきであるとして、上告人の主張を排斥しており、多数意見もまたこれを是認している。

(二) 右に見たように、賃借人が自己の個人営業を単に法律的、形式的にのみ会社組織に改め、その会社をして自己の賃借物の使用収益をさせ、その前後を通じて、営業の規模、内容等その実体に変動がなく、経営の実権も従前どおり賃借人の手にあり、賃借物の使用の状況にも格別の変化がない場合においても、賃借権の譲渡または賃借物の転貸が成立するものとし、ただこの場合には、賃貸人に対する背信行為と認めるに足りない特段の事情があるから、その賃借権の譲渡または転貸を理由に賃貸借契約を解除することは許されないとするのが、当裁判所の判例(昭和三九年一一月一九日第一小法廷判決、民集一八巻九号一九〇〇頁)であつて、本件の多数意見もこれに従うものである。

しかしながら、この点については私は異見を有する。すなわち、右のような場合に賃借権の譲渡または賃借物の転貸が成立すると解することは不自然であつて、むしろ、そこには賃借権の譲渡も賃借物の転貸も存しないものと解するのが適当ではないかと考えるものである。いうまでもなく、賃貸借関係の本質的内容である物の使用収益は事実上の状態であつて、賃借人がその賃借物を使用していとなむ営業においていかなる名義をもつて立ち現われるかにはかかわりがなく、そこで問題となるのは何人がどのような仕方でその賃借物につき使用収益をなすかである。そして、上述のような場合には、名目上は会社が賃借物の使用収益をしているにしても、その会社の法人格は全くの形骸にすぎないのであるから、その法人格を否認し、背後にある実体たる個人をとらえてその法律関係の処理をはかるのが、事の実相に適するものといわなければならないと思う。そうであるとすれば、そこには賃借権の譲渡も賃借物の転貸もないとせざるをえないのである。

もつとも、このように解しても、本件において、上告人三ツ木建設工業株式会社が被上告人岩井哲夫との間の本件建物の賃貸借契約を解除することをうるかどうかの点については、多数意見と結論を異にするわけではない。しかし、前記の判例および多数意見の見解は、このような賃貸借契約解除の許否の問題を解決するためにのみ構想された理論であつて、賃借人個人、会社および賃貸人の三者の関係の全体にまで思いを及ぼしたものではないから、その関係が問題となる場合、たとえば賃料支払の関係が問題となる場合に、これをいかに解するかは明らかでないが、私のような見解によれば、賃料の支払義務を負う者が賃借人個人であることは当然であつて、ただ、賃貸人が賃借人の個人財産からその支払を受けることができない場合において、別に会社の財産があれば、賃貸人はその会社財産からも弁済を求めることをうるものと解せられる(最高裁判所昭和四四年二月二七日第一小法廷判決、民集二三巻二号五一一頁参照)。これに反して、多数意見によれば、これと異なる結果となるのではないかと推測されるのである。

(裁判長裁判官 岸 盛一 裁判官 岩田 誠 裁判官 大隅健一郎 裁判官 藤林益三 裁判官 下田武三)

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